藤沢さんをしのんで 2


 荘内平野に霰が降りしさるころ、山伏装束をつけ、高足駄を履いた山伏が、村の家々を一軒ずつ回ってきたことをおぼえている。

 ホラ貝を吹き、大きなな袋をかついだお供を一人連れて、軒を入ってくると「羽黒山、松の勧進」と唱えてお札をくれた。家々では、お盆に米やもちをのせて、うやうやしくさし出し、「ごくろうさんですのう」などと言いながらお札を頂戴する。

春秋山伏記 あとがきより

 ところで、この種の性格は(石原莞爾、清川八郎)、荘内人の中にまま見かけるタイプでもあるのた。東北の雪国といえば、じっと辛抱するタイプだけのように思われがちだが、必ずしも控えめな辛抱人ばかりとはかぎらない。

 才知にまかせてずばずば言ったりしたりする人間もいて、べつにめずらしいことではない。そういうひとは、おそらく頭がよすぎて、物事の本質をずばり見抜いてしまうので、辛抱などしていられないのである。しかしながらいやでもおうでも辛抱を強いられる気候風土であるために、その種のひとたちの言動は、その抑圧をはねのけるために飛躍して、辛抱するタイプの対極に立つ。そして物事やひとを笑いのめしたり、時にはみずから道化て、その場を笑いものにしてしまうのである。

周平独言 「三人の予見者」より

 山形県西部、庄内平野と呼ばれる生まれた土地に行くたびに、私はいくぶん気はずかしい気持で、やはりここが一番いい、と思う。 山があり、川があり、一望の平野がひろがり、春から夏にかけてはおだやかだが、冬は来る日も来る日も怒号を繰りかえす海がある。こうした山や川に固有名詞をあたえれば、月山、羽黒山、鳥海山、川は最上川、赤川。そして平野の西に這う砂丘を越えたところにある海は、日本海ということになる。

 そういう風景に馴れた眼には、東京の、よほどの好天でもなければ山が見えない風景はどこか物足りないし、また信州のような土地に行くと、今度は山が多すぎて少し息ぐるしい感じをうけるのである。

「ふるさとへ廻る六部は」新潮文庫 より

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